他人の不幸は蜜の味?

他人に何か良いことがあったとして、それが自分とは関係がない場合、あなたはその人の幸福を心から一緒に喜んであげらますか?
それとも、嫉妬して悩みを持ってしまうのでしょうか。

他人に喜ばしい出来事があると羨ましく思う気持ちは誰にだってあります。
それだけなら悩みには値しませんが、悩みとなるほどに嫉妬深くなってしまえば重たい感情を抱えてしまうことになります。
他人と自分を比べて、生まれた劣等感をバネにして努力できるならいいのですが、多くの場合は人間関係の悩みとなる原因になりかねません。
それよりも、その人をことを共に喜んであげて、また自分が同じ状況となったときに周囲の人から喜んでもらえることを想像しましょう。
それを目標に置いた努力の方が確実に自分の力となります。
無駄に、人間関係の悩みに時間を費やすことも少なくなるでしょう。

また、「他人の不幸は蜜の味」という言葉がありますが、人の不幸を面白がっていては自分もまた不幸になるだけです。
他人が幸せなときは自分は不幸、他人が不幸なときは自分は幸せ。
こんなことでは、両者が幸せとなれる日は永遠にやってきませんよね。
私の好きな言葉のひとつに、こんなのがあります。

「仲間なら喜びは倍に、悲しみは分け合って半分に」

喜びも悲しみも周りのみんなと分かち合えることができたら、どんなにこそいいのになぁ……、と思います。
それこそが良好な人間関係とも言えるのではないでしょうか。
他人の幸せを心から喜んであげることができれば、あなたも周りから祝福される幸せがやってくるはずです。

「どこかいいところがあるはず」

人間は、初対面の人に対して第一印象で好きか嫌いかを判断する傾向が強くあります。
そして、一度嫌いだと思ってしまうと、その人と良好な人間関係を築くことが極めて難しくなってしまうと言ってもよいでしょう。

また、しばらく一緒にいて、「こんな人だったのか」と、初めに思っていたイメージと異なることで嫌いになるパターンも多いようです。
性格の不一致は、その大きな理由の一つとして挙げられます。
もちろん、その人の性格の全てを嫌いになったわけではないはずです。
嫌いになったのは、その人の性格の一部分にすぎません。
なのに、たまたま目に付いた一部分の性格が気に入らなかっただけで、その人のすべてを嫌ってしまうのは、あまりに残念……。

嫌いな人を自分の人間関係に増やすと、生きるのがつまらなくなってしまいます。
だから、どうしても学校や職場で付き合わないといけない人に、嫌いな人をつくらないようにすることが大切です。

「でも、どうやって?」
と思うでしょう。

その方法は一つしかありません。「相手の長所を見つけること」です。
これにはちょっとした努力が必要ですが、人間関係の悩みを解消して、良い関係を生み出すポイント中のポイントです。

さて、アドバイスではありませんが……過去に私が関わった人で、こんな人がいました。
仕事を取り仕切る「お局様」的な人なのですが、各メンバーに対する態度がはっきりと好き嫌いで分かれているのです。
好感を持っている人に対しては馴れ馴れしいほどなのに、そうでない人には明らかに冷たい態度。
あまりにもはっきりとした態度の違いに、好感を持たれている人さえ、その「お局様」をよく思っていませんでした。
「お局様」の世間話は、たいてい他人の悪口か、自分の自慢話かのどちらかでした。
その人自身は人間関係が良好だと思っているようですが、周囲は悩みの種でこそあれ、良好な関係どころではありません。
他人を無闇に嫌う人間は、その人自身も嫌われる、という良くない人間関係の実例でしょう。

人間とふれ合うのが苦手な人

学校でも、職場でも、避けて通れないのが人付き合い。
「どうやって付き合えばいいのか」
人間関係に悩みを抱える人は、特に知りたいアドバイスでしょう。
まず、人付き合いが苦手で悩みを抱える人間にもいろいろあることを知っておくべきでしょう。

私の場合、話すのが苦手で人間関係について悩みを持っていました。
口下手なため、自分の話していることが正しく相手に伝わっているか、また思いもよらない言葉が相手に不快感を与えていないか、そればかりが気になって悩み続けていたのです。
しかし、ここでの悩みは自分が口下手なことが悩みなのではありません。
話す相手に嫌われたくないという人間関係の悩みなのです。
口下手なことでの悩みと、相手に嫌われたくない、という悩みとは違います。
相手に嫌われたくない、という思いが強かったために、口下手なことが悩みになったのです。
口下手でも、それは悩みじゃない、という人間は大勢ありますから。
私は相手に嫌われることを恐れるあまり、自分から他人を拒絶してしまっていました。

そんな私が悩みに悩み抜いて出した結論は、人間関係を築く上では「嫌われてもいい」ということです。
嫌われたくない、という悩みなのに、「嫌われてもいい」が結論だなんて、おかしく思うでしょう?

仲良くなろうと思って、努めて親しく話をしているのに、それでもうまくいかないことは、実によくあること。
それなら、私とその人間は根本的にウマが合わないんだ、ということを認めよう、と思ったんです。

世の中にいる人間すべてと仲良くなれる人間なんて、いるはずがありません。
ウマが合わないのは、あくまで目の前のその人間なのであって、他の人とは、また別にコミュニケーションをとてみないとわからないことです。
その中には、必ず理解しあえる人が現れてくれるはず。

まずは、自分と仲良くなれそうな人を探そう、そういう気持ちで、いろんな人と話してみよう……、と思ったのです。

かといって、たとえ自分を嫌う人があったとしても、「目には目を」と思って、その人のことを自分も嫌いになろうなどと思うのはお門違いです。
自分が相手を嫌えば、相手はますます自分を嫌いになります。
相手が自分をどう思おうが、それは相手の自由。
自分まで、その人を嫌って無駄にエネルギーを消耗するのも、何だかバカらしいことでしょう。

考えてもみれば、世の中の全ての人間から無条件に好かれる人なんていないんです。
様々な人を見て、こういう人間もいるんだと客観的に思えるようになれれば、憂鬱だった人間関係もけっこう楽になります。

それに、口下手なだけでその人を嫌う人間なんて、そうそういませんよ。
そんな風に思えたとき、人間関係の悩みがふっと軽くなりました。