夫婦間と実家の関係

結婚した相手が実家のことばかりを気にかけていて、今の家庭になかなか目を向けてくれない。
親孝行したいのに、帰省や贈り物をよく思ってくれない。
……結婚したばかりの夫婦からこんな人間関係の悩みををよく耳にします。

実家との関係というものは、夫婦の関係以上に強いものです。
なにしろ、実家とは結婚するまでの数年間、育てられ、住んでいたところ。
対し、夫婦はこれから育んでいく関係です。
実家のことを考えるなという方が、無理があります。
しかし、夫婦という関係となったからには家庭のこともしっかり考えなければいけません。
また、どれほど実家との関係が強くとも、夫婦として過ごしていくにつれてこちらの関係の方が強くなっていくとも考えられます。

実家を気にしたり親孝行したいと考えるのはよいことです。
親鸞会で仏教を学ぶ知人から、仏教で教えられる「親の大恩」の話を聞いたことがあり、親を大切にしないといけないな、と思ったものです。
今、好きで一緒になったその相手を育てた親御さんなのですから。
しかし、意識がそればかりに向かっていて、今の家庭が疎かになってはいけません。
どちらかが過剰になってしまっているならば、そのときこそ話し合うべきでしょう。
職場での人間関係の悩みとは違い、夫婦関係の悩みは話し合うことができます。
今後一緒に過ごしていく相手なのですから、いずれ話し合いは必要になるでしょう。
両者が相手を認めて結ばれた関係なのですから、おそれずに切り出してみてはいかがでしょうか。
そのときも感情的になって悩みを怒鳴り散らすのではなく、そう思う理由などをきちんと順序立てて話すことが肝心です。

少し前までは他人どうしだったけれど、夫婦となった今では家族。
この人間関係には他人でもあり家族でもあるという、とりようによっては強みとも弱みともなる要素が含まれているのです。

子どもに対する親のエゴ

親と子どもの関係は単純なようでいて、実のところけっこう複雑な人間関係です。
親は子どもを自分の分身であるかのように考え、自分が成しえなかった理想を押し付けようとすることがあります。
また、自分が幼い頃に負った苦い経験が原因で、子どもにいい思いをさせまいと辛く当ってしまう場合もあります。
どちらも、子育てにおいてあってはならないことだというのは、誰でもわかることですよね。

今回は上記の悩みの中でも前者の方に重きをおいてアドバイスさせていただきます。
子育ては大変なものです。
育児ノイローゼになってまで手塩にかけて育てた子どもであるがゆえに、よい人生を送ってもらいたいと思う気持ちはよくわかります。
過剰に心配してしまう思いも、理想どおりの人間になってほしい気持ちからでしょうが、その前によく考えてみてください。
それは本当に子どものことを想っての愛情によるものでしょうか。
親としての義務感によるものではありませんか?

義務感が余計なものというわけではありません。親としての責任を果たそう、という気持ちは大切なことです。
しかし、愛情とどちらに比重をおくかによって、子どもが感じる束縛感というものは大きくかわります。
子どもの親に対する反抗は親から受ける束縛から逃れようとして起こるものです。
親は「心配」という名の束縛で子どもの行動を制限する傾向があります。
私は幾度となく子育ての悩み相談を受けてきていますが、そのたびにこのことを話しています。
周囲から求められる親としての責務や義務感による心配ではなく、心から子どもの幸せを想う愛情による心配。
それができることが、理想的な親としての子どもとの人間関係なのです。

人間関係改善の第一歩・自分を変える

人間関係がうまくいかないことで悩みをもっている場合、改善するためのいちばん手っ取り早い方法が、自分を変えるということです。
悩みで苦しい思いをしているのは自分なのに、自分を変えるなんていくらなんでも酷じゃないか、と思われる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、変えるといっても性格をがらりと変えろと言っているのではありません。
人間というものに対する考え方を少しだけ変えるのです。

以下は以前に説明したことと多少似かよります。

人間には一人一人に個性というものがあり、同じ性格、同じ考え、同じ思考回路の人間は一人としていません。
自分だけの価値観で他人を見ていれば、いつか必ず意見がぶつかります。
それが人間関係の悩みの原因となり、下手をすれば老後にまで引きずってしまうことにも。
自分とは異なる価値観の人間と出くわしたならば、真っ向から意見勝負をするのではなく、そんな考え方もあるんだと参考にさせてもらいましょう。
見聞を広げるくらいのつもりで、その人の話を自ら進んで聞かせてもらえるようになればなお良いかと思います。

また、どうにもウマが合わない人間に出会ってしまった場合ですが、ウマが合わないというのもひとつの個性だと思ってください。
人にはそれぞれの個性があるのですから、世の中の人間全てと良い関係を築くことはできないのです。
その人が自分には納得の出来ない考えを持っているとしても、その人はそういう人間なのだと割り切ってしまいましょう。

「なんであの人はああなんだ!もっとこうなってくれたらいいのに」と、その人に変化を求める場合、本人に無理な要求だとかえってこちらが疲れるばかり。
凝り固まった考えでは、人間関係の悩みは増えるばかりです。

親鸞会で仏教を学ぶ知人が言っていました。
「自分が他人に対して不都合に思っているように、他人も自分に対して不都合に思っている何かがある」
確かに、立場を変えればそうだなぁ、と納得したことを覚えています。
あらゆる面でこんな人間もいるのだと知ることは、自分の思考を柔軟にすることにも繋がり、ひいては心身にかかる負担も軽減されるはずです。

上司と部下の関係

職場における人間関係の悩みというものは、友達や家族という関係での悩みとは違い、なかなかに厄介なものです。
友人関係なら間柄がぎくしゃくしてしまえば、しばらく会わずに時間を置いてもいいですし、家族なら話し合ったり、いっそのこと喧嘩をしてしまうことだってできます。
しかし職場での関係だと会わないわけにはいかず、仕事に支障をきたすことを思うと喧嘩なんてできるはずがなく、同様に話し合うことも難を極めますよね。

しかも、その相手が上司ともなると、もう人間関係の悩みもどうしようもなく……

部下の話に耳を貸さず、怒りに任せて部下を叱り付ける上司。
好き嫌いが激しく、部下に対する態度が人によってまったく異なる上司。
プライドが高く、体裁や仕事の出来ばかりを気にする上司。
人間関係を円滑にやっていこうと部下であるあなたが悩みながら努めても、上司にその気がなければ人間関係の円滑化は困難なものになるでしょう。
こちらが人間関係を良くしようと努めても、向こうは全く相手にしないのですから。
こういう場合は、対応変更。
こちらの考え方を変えましょう。

上司が今の立場にあるのは、それなりの努力と実力があったから。
ですが、上司も人間。
イライラすることもあるでしょう。
感情的になりやすい性格の人もあるでしょう。
いつどんな時でも、自分をコントロールできるようなスーパーマンみたいな上司は、そうそういるものではありません。
もしかしたら中間管理職の大変さでイライラしているのかもしれません。
もしかしたら取引先との交渉がうまく進まず焦っているのかもしれません。
仕事のストレスではなく、家庭で、夫婦の悩みなど何か人間関係やそれ以外での悩みなども抱えているのかもしれません。
それらによる苛立ちの矛先がたまたま部下に向けられたとも考えられます。

個人的な苛立ちを他人に向けるな!……という気がしないでもありませんが、それはそれで仕方がありません。
上司はきっと正しい人間関係の対処方法を知らずに大人になってしまったのです。
人間関係をうまく作れない人の中に、子ども時代の環境に問題があった人が多くあります。
その上司は、もしかしたら不憫な子供時代をすごしてきたのかもしれません。

「原因のない結果はない、これには万に一つ、億に一つも例外はない」と親鸞会で仏教を学ぶ知人から教えてもらったことがあります。
そのような態度をとる上司も、そうなる原因があるのは間違いありません。
自分を嫌う人は、誰も好きになれませんから、大切なことは、自分が上司を嫌わないようにすること。
そして、努力して上司のいいところを見つけましょう。それが、新たな道が開ける人間関係の第一歩となるに違いありません。

親子だって違う人間

子どもは往々にして生まれたときから親と共に過ごします。
だからでしょうか、子どものことなら何でも知っていると親が考えてしまうのは。

「この子が赤ん坊のときから見守ってきたのだから、この子の考えることはなんでもお見通し」
そう考えるのは間違いだということに気付かなければなりません。

親であれば誰でも、子どもの考えがお見通しなら、こんなに世の中、育児に悩みを持ち、苦しんでいる人間はないはずです。
我が子といえど、別々の人間。
異なる体、異なる心臓、異なる脳を持っています。
例え同じ環境で過ごしていても考え方は人間によって違うものですし、特に子どもともなると成長するにつれて思考回路はどんどん複雑になります。
理解しようとする努力は親として必要不可欠ですが、こう思っているに決まっていると決めつけて接しては、子どもに心の悩みを抱えさせる原因になりかねません。
その思い込みが激しいと、子どもを束縛し、苦しめることになってしまいます。
感性が豊かでのびのびとした子どもに育てるには、子どもも一人の人間であることを忘れてはいけません。

また、違う人間であることを念頭におかなければいけないのは、逆の立場においてもいえることです。
親なんだから自分の悩みは分かってくれているはず、と考えるのは勝手な思い込みにすぎないのです。

これらは親子関係以外でもいえることです。
どんなに似た環境におかれていても、たとえ性格が似ていても、違う人間である限り考え方は異なって当然です。
それが個性というものです。
自分の考え方を押し付けずに、それぞれの個性を尊重して、その上で理解しようと努めることが、親子関係をはじめとした人間関係を築く上でのポイントでしょう。

他人の不幸は蜜の味?

他人に何か良いことがあったとして、それが自分とは関係がない場合、あなたはその人の幸福を心から一緒に喜んであげらますか?
それとも、嫉妬して悩みを持ってしまうのでしょうか。

他人に喜ばしい出来事があると羨ましく思う気持ちは誰にだってあります。
それだけなら悩みには値しませんが、悩みとなるほどに嫉妬深くなってしまえば重たい感情を抱えてしまうことになります。
他人と自分を比べて、生まれた劣等感をバネにして努力できるならいいのですが、多くの場合は人間関係の悩みとなる原因になりかねません。
それよりも、その人をことを共に喜んであげて、また自分が同じ状況となったときに周囲の人から喜んでもらえることを想像しましょう。
それを目標に置いた努力の方が確実に自分の力となります。
無駄に、人間関係の悩みに時間を費やすことも少なくなるでしょう。

また、「他人の不幸は蜜の味」という言葉がありますが、人の不幸を面白がっていては自分もまた不幸になるだけです。
他人が幸せなときは自分は不幸、他人が不幸なときは自分は幸せ。
こんなことでは、両者が幸せとなれる日は永遠にやってきませんよね。
私の好きな言葉のひとつに、こんなのがあります。

「仲間なら喜びは倍に、悲しみは分け合って半分に」

喜びも悲しみも周りのみんなと分かち合えることができたら、どんなにこそいいのになぁ……、と思います。
それこそが良好な人間関係とも言えるのではないでしょうか。
他人の幸せを心から喜んであげることができれば、あなたも周りから祝福される幸せがやってくるはずです。

「どこかいいところがあるはず」

人間は、初対面の人に対して第一印象で好きか嫌いかを判断する傾向が強くあります。
そして、一度嫌いだと思ってしまうと、その人と良好な人間関係を築くことが極めて難しくなってしまうと言ってもよいでしょう。

また、しばらく一緒にいて、「こんな人だったのか」と、初めに思っていたイメージと異なることで嫌いになるパターンも多いようです。
性格の不一致は、その大きな理由の一つとして挙げられます。
もちろん、その人の性格の全てを嫌いになったわけではないはずです。
嫌いになったのは、その人の性格の一部分にすぎません。
なのに、たまたま目に付いた一部分の性格が気に入らなかっただけで、その人のすべてを嫌ってしまうのは、あまりに残念……。

嫌いな人を自分の人間関係に増やすと、生きるのがつまらなくなってしまいます。
だから、どうしても学校や職場で付き合わないといけない人に、嫌いな人をつくらないようにすることが大切です。

「でも、どうやって?」
と思うでしょう。

その方法は一つしかありません。「相手の長所を見つけること」です。
これにはちょっとした努力が必要ですが、人間関係の悩みを解消して、良い関係を生み出すポイント中のポイントです。

さて、アドバイスではありませんが……過去に私が関わった人で、こんな人がいました。
仕事を取り仕切る「お局様」的な人なのですが、各メンバーに対する態度がはっきりと好き嫌いで分かれているのです。
好感を持っている人に対しては馴れ馴れしいほどなのに、そうでない人には明らかに冷たい態度。
あまりにもはっきりとした態度の違いに、好感を持たれている人さえ、その「お局様」をよく思っていませんでした。
「お局様」の世間話は、たいてい他人の悪口か、自分の自慢話かのどちらかでした。
その人自身は人間関係が良好だと思っているようですが、周囲は悩みの種でこそあれ、良好な関係どころではありません。
他人を無闇に嫌う人間は、その人自身も嫌われる、という良くない人間関係の実例でしょう。

人間とふれ合うのが苦手な人

学校でも、職場でも、避けて通れないのが人付き合い。
「どうやって付き合えばいいのか」
人間関係に悩みを抱える人は、特に知りたいアドバイスでしょう。
まず、人付き合いが苦手で悩みを抱える人間にもいろいろあることを知っておくべきでしょう。

私の場合、話すのが苦手で人間関係について悩みを持っていました。
口下手なため、自分の話していることが正しく相手に伝わっているか、また思いもよらない言葉が相手に不快感を与えていないか、そればかりが気になって悩み続けていたのです。
しかし、ここでの悩みは自分が口下手なことが悩みなのではありません。
話す相手に嫌われたくないという人間関係の悩みなのです。
口下手なことでの悩みと、相手に嫌われたくない、という悩みとは違います。
相手に嫌われたくない、という思いが強かったために、口下手なことが悩みになったのです。
口下手でも、それは悩みじゃない、という人間は大勢ありますから。
私は相手に嫌われることを恐れるあまり、自分から他人を拒絶してしまっていました。

そんな私が悩みに悩み抜いて出した結論は、人間関係を築く上では「嫌われてもいい」ということです。
嫌われたくない、という悩みなのに、「嫌われてもいい」が結論だなんて、おかしく思うでしょう?

仲良くなろうと思って、努めて親しく話をしているのに、それでもうまくいかないことは、実によくあること。
それなら、私とその人間は根本的にウマが合わないんだ、ということを認めよう、と思ったんです。

世の中にいる人間すべてと仲良くなれる人間なんて、いるはずがありません。
ウマが合わないのは、あくまで目の前のその人間なのであって、他の人とは、また別にコミュニケーションをとてみないとわからないことです。
その中には、必ず理解しあえる人が現れてくれるはず。

まずは、自分と仲良くなれそうな人を探そう、そういう気持ちで、いろんな人と話してみよう……、と思ったのです。

かといって、たとえ自分を嫌う人があったとしても、「目には目を」と思って、その人のことを自分も嫌いになろうなどと思うのはお門違いです。
自分が相手を嫌えば、相手はますます自分を嫌いになります。
相手が自分をどう思おうが、それは相手の自由。
自分まで、その人を嫌って無駄にエネルギーを消耗するのも、何だかバカらしいことでしょう。

考えてもみれば、世の中の全ての人間から無条件に好かれる人なんていないんです。
様々な人を見て、こういう人間もいるんだと客観的に思えるようになれれば、憂鬱だった人間関係もけっこう楽になります。

それに、口下手なだけでその人を嫌う人間なんて、そうそういませんよ。
そんな風に思えたとき、人間関係の悩みがふっと軽くなりました。

「ありがとう」と「ごめんなさい」

悩みのないよい人間関係を築くうえで一番大切なのは、感謝と謝罪を忘れないことだと私は思っています。
人から親切を与えられれば「ありがとう」。
自分が何か間違いを犯し、相手に迷惑をかければ「ごめんなさい」。
例えどんなに些細なことでも、この二つだけはしっかり言葉にして伝えるべきだと思うのです。

自分に与えてもらった親切は、自分にとって「そんなこと当たり前のこと」と思うほどの親切であっても、「ありがとう」のお礼の言葉は100%伝えるべきです。
それは、相手にとって、感謝されるほどの親切とは思っていないかもしれません。
また、単なる思い付きであったり、当たり前と思っての行動かもしれません。
しかし、それでも「ありがとう」のお礼の気持ちを伝えるのと伝えないのとでは、まったく異なります。

お礼を言われて不愉快になる人間はないでしょう。
「この人に親切をして良かった」と思いますよね。
逆に、何かをしてもらうことが当然とでも思っているかのような態度では、「もう二度とこの人にはしないぞ」と相手の親切心を損ねる結果になってしまいます。

知人から聞いた言葉ですが、昔からそれを「自損損他」と言うそうです。
相手が損するし、自分も損をする。
そんなの最悪ですよね。

謝罪にも同じことが言えます。
謝られるほどのことではなくても「ごめんなさい」と言われれば、悪い気分になる人間はありません。
しかし、明らかに悪いはずなのに「ごめんなさい」よりも言い訳を優先して自分の非を認めようとしない人間にはいい気がしないどころか、腹が立ってきたりします。
これも「自損損他」の結果になります。

感謝と謝罪、この二つをどれだけできるかは、心がけ一つです。
決して簡単なことではありませんが、皆さんのおかげで今の自分があることに感謝の気持ちを持ち、過ちだらけの自分と認めてミスを犯せば正直に謝ることで、より良い人間関係が築かれるでしょう。

感謝を忘れ、自己弁護に走れば、プライドばかりが高く、自己中心的な人間だと思われて当然で、良い人間関係など築けるはずもありません。

この二つはより良い人間関係を築く上でも最も重要な要素ではないでしょうか。
これを心がけるだけで、悩みの多くは解消できるに違いありません。

人間関係の悩みは、すべての人の悩み

学校や職場、家族間において、人間関係の悩みを持ってはいませんか。
身近な人間との関係が、努力しているのに何故かうまくいかず、悩みを抱いたことはありませんか。
複数の人がいれば、そこには必ず人間関係が生じます。
好きで一緒になった夫婦、仲の良い親友同士の間でさえ、うまくいかないことが起きるのです。
まして、性格も好みも異なる職場の同僚や上司、また学校のクラスメイトとは、それだけ大きな摩擦が生まれるのも当然でしょう。
人生80年、人間関係についての悩みは、尽きることがありません。
このブログでは、そんな人間関係の悩みについて、共に悩み、その人のタイプに応じた解決へのヒントを紹介したいと思います。

私はカウンセラーではありません。
カウンセラーではありませんが、これまでに多くの人から人間関係についての悩み相談を受けてきました。
それはおそらく、私自身の経験が理由に挙げられるでしょう。

私はかつてひどい対人恐怖症でした。
言いたいことがうまく言えず、口下手であったことに強いコンプレックスを持っていたのです。
そのため、人間とふれ合うことに強い苦手意識があり、その悩みを一人ずっと抱え込んでいました。

人と話せば、相手に不快感を与えているのではないかといつも不安になり、徐々に人間との関係に恐怖を感じるようになっていき……
そのうちに家から出ることができなくなり、いわゆる引きこもり状態となる始末。
ひどいときには家族との会話にさえ抵抗を感じるようになり、声を発することすらうまくできなくなったほどです。
それでも、献身的な先生によるカウンセリングや自己葛藤を繰り返して、今では普通にコミュニケーションが取れるようになっています。

私の経験は少し特殊な例かもしれませんが、自分が苦しんだ経験と、いろいろな方から受けた相談に共に悩んだ経験からできるアドバイスもあると思っています。
心の問題に苦しんでいた間、人間関係とはいったい何だろうと、様々なことで悩みました。
文学や哲学、宗教にも興味を持ち、何か解決策はないかと悩みもがいた時期が長く続きました。
そうやって悩みに悩み、導き出された結論や対処法がありました。

そんな私が、過去の経験から学んだ人間関係の悩みから脱出するヒントを、同じように今、人間関係に悩みを持っている人たちにお伝えしたいと思います。

人間は生きている限り、多かれ少なかれ人間関係についての悩みを抱くもの。
あなたのよりよい人間関係のために、私の提供するアドバイスが微力ながら悩み解決の一助になれば幸いです。